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更新日:2020年11月25日

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陸軍航空12年 (並木町・男性・73歳)

大正4年緑濃き 水無月なかば千葉県の
公津の村に生を享け 学びし尋常小学校 
昭和3年桜咲く 旧制成田中学校
剛毅不屈の校訓に
鍛えし青春5年間 昭和8年卒業し
満州事変の戦乱時 火を噴く満州関東軍

陸軍将校志す 兵科を示す<コバルト>の 色に憧れ航空兵

昭和9年の1月に 入隊立川飛行隊
戦斗、偵察二ヶ大隊 甲式四型に91戦
88式の偵察機 編隊飛行に空中戦
拂暁薄暮の離着陸 夜間飛行の猛訓練
砂塵もうもう飛行場 軍律きびし飛行隊

昭和9年の12月 満州派遣の命くだり
立川あとに関東軍 奉天飛行二大隊
新京、ハルピン、チチハルと 各地に転進猛訓練
昭和10年牡丹江 海浪新設飛行場
飛行第16連隊は 戦斗軽爆二ヶ大隊
林口、勃利、古城鎮 虎林千振に湖南営

北満各地に展開し 爆撃訓練 空中戦
寒さに耐える北満の 満ソ国境警備の任
酷寒零下の大満州 白一色の銀世界
93単軽94偵 93双軽 95戦
大空高く飛び廻り 任務は重し関東軍
慰問袋の有難さ 遠く祖国を偲びつつ

時は昭和の12年 勃発したる支那事変
連隊一部出動す 錦州 熱河の作戦に
14年の初夏5月 外蒙軍の越境で
日ソ両軍激突し 急進はるかなノモンハン
ホロンバイルの大草原 ハルハ河畔に陣をしき
地上部隊に協力し 敵の陣地を爆撃す
大編隊のソ連軍 高射砲弾雨あられ
中隊長や熟練の 戦友数多戦死せり

ホロンバイルに秋の風 突如両軍停戦の
協定なりて牡丹江 海浪基地に復帰せり
直ちに開始 関特演
16年の12月 南方転進命くだり
台湾屛東飛行場 10日の未明 開戦の
大詔拜してルソン島 敵前上陸敢行し
急襲クラーク飛行場 敵の反撃制圧し
忽ち占領 敵の基地 マニラを攻略 引続き
バターン半島攻撃す 地上部隊に協力し
敵の陣地を爆撃す 必殺命中 急降下
我が軽爆の意気たかし

バターン半島攻略し 南に浮ぶ敵の島
コレヒドールの要塞を 打ち砕かんと猛爆す
敵の反撃すさまじく 高射の砲弾絶え間なし
夜中続く猛攻に 流石の敵も降伏す
夕日輝くマニラ湾 思えば悲し傷負し
戦友助ける術もなく 低空三度旋回す
戦すんで上陸し 激戦の跡尋ぬれば
島全体が焼野原 戦友の霊弔いぬ
比島の空を制圧し 続いて転進中国の
彰徳 新郷飛行場 奥地の敵を攻撃す

済南駐屯三ヶ月 18年の春中ば
単身転任命をうけ 戦友と別れて帰国せり
琵琶湖に近き八日市 航空隊に着任し
少候学生25期 選抜されて入校す

教育終了教官の 命課を受けて12航
中隊附を命ぜられ 兵教育に専念す
サイパン島が敵に堕ち 本土に敵機侵入す
切歯扼腕如何にせん 本土決戦待ちにけり

19年の秋も過ぎ 万朶富獄の特攻隊
比島の敵艦攻撃す されど米軍上陸す
全員玉砕硫黄島 敵沖縄に侵攻す
陸軍特別攻撃隊 九州基地より出撃す
20年春新編成 飛行大隊副官を
拜命壬生の飛行場 連日必死の猛訓練

突如 8月15日 大詔拜し号泣す
思えば青春12年 航空部隊に勤務して
使命の完遂これ努め 無限の教訓残しつつ
陸軍航空30年 歴史の幕を閉じにけり

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