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更新日:2020年11月24日

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ふたつの戦死 (新町・男性・65歳)

 ふと後ろをふりかえった。
 川俣兵長が歯をくいしばり、二人の兵に背後から腰を支えられ、いや押されながら、いまにも折れそうな両足をけんめいに踏みしめ、また踏みしめて、必死に歩いてくる。「あっ」声にならない声が、私の胸の奥でも呻きをあげた。
 川俣兵長が下痢で栄養失調の状態におちいった、という話は聞いていた。この戦闘作戦の行動中、特に消化器官をこわして、栄養失調の状態におちいってしまったら、先づ絶望である。いく日かベッドに寝て休養し、流動食から粥食にと食事に段階をつけて、徐々に体調の回復をはかれば、体力をとり戻し得ることがわかっていても、それができない。
 野戦病院が近くにあるわけではない。地を這ってでも部隊の後を追って行かなければ、とり残された兵は、日本軍の通過後、かくれひそんでいた山中からそれぞれの部落に戻ってきた老百姓(農民)たちに発見されて、殺されてしまうであろう。それがいやなら、休養によって当然生きのび得る筈の生命を、1日1日と燃え尽きさせながら、友軍の後を追って倒れるまで歩くほかはない。
 その夜、老百姓たちの逃げ去ったあとの民家に、宿営していた我々の分隊へ、「宮城兵長」、と声をかけながら鈴木軍曹がきた。「川俣がとうとう眼をおとしてしまったよ」「そうですか」分隊先任の宮城兵長の言葉も短かかった。互いに沈痛な無言の数刻。
 翌朝、積みあげられた薪の上に、死んだ川俣兵長の片手、肘から先が置かれて火がつけられた。遺骨を郷里へ届けるためである。遺髪、遺爪も戦友が預った。

 遺体を埋葬するべき墓穴掘りの使役命令は、我々初年兵にこなかった。従軍経験の短かい初年兵の士気を沮喪させてはならぬ、との配慮から古参の兵士が葬ったのであろうか、あるいは部隊の出発時刻に追われ、埋葬もかなわずにそのまま放置されたのであろうか。故郷、それは東北の地と聞いたが、そこに居る家族にとってはかけがえの無いたった一人の夫、父である川俣兵長の遺体。
 戦争と云う、個人の意思ではあり得ない暴力の前に、無惨に打ちひしがれ無念に死んだその遺体が。そして今も中国大陸のその地に、彼、川俣兵長の遺体は白骨と化し、去る者日々に疎き、人の記憶にその無念さはとどまるよしもなく、ばんこくの恨みを残して眠りつづけているのだ。
亦、或る兵は、明日交替によって、危険な最前線から安全な後方へ退かれるというその日、「今日1日のがれれば(「のがれられれば」というこの兵の、この言葉の重みを、願わくは充分に理解していただきたい)俺は無事帰れるんだ」、と喜んでいたその日討伐に出て、大地に伏せ銃をかまえての戦闘中、隣りで機関銃を撃っていた戦友が、バタッと突っ伏してしまったので、「おいっ、どうしたっ」と助け起こしたその瞬間、思わず高くなったその姿勢を狙い撃ちされたのであろうか、かぶっていた鉄帽の星章のど真ん中をぶちぬかれて、「ウワーッ」、というもの凄い絶叫とともに倒れ、顔面血に染まって2分ほどの虫の息の後、呼吸絶えた、と云う。撃たれたその瞬間の、その例えようもない無念さが、その、ものすさまじい叫びにあらわされているように思えてならない。

 「強力な新爆薬による巨大な破壊力がもたらす、かつてなかったほどの戦禍の惨状を知った時、人間はそれに堪えかねて、やがて戦争をやめないではおかないであろう」、というのが、ダイナマイトの発明者であるA、ノーベルの期待であり願望であった、と云う。
 だが期待は完全に裏切られ、願望は水泡となって消えた。ダイナマイトなど比較にならない、核爆弾の恐怖を知った今日でも、人間の戦うこの姿は、全く変わっていない。
 人間は人類というこの惑星地球世界に生きる生物の中のひとつの類として、戦争の無い地球世界の実現を人類全体の意志として求めてきた。平和を得るために人類はあらゆる努力を惜しまなかった。しかしながら人類全体の平和希求の願望は、それを人類全体の意思として求め努力したにも拘らず実現せず、遂に戦争によって、より拡大する物的損失、より拡大する悲劇と悲惨、そしてより拡大する「死」をこの地上にもたらしてきた。数えきれない「死」を、人間の望まない「死」を。

 この事実は、この人類全体の平和希求の意志を、圧倒的な力で排除し、圧し潰してしまうもうひとつの意志が、この惑星地球に存在していることを物語っているのではないだろうか。それは戦争のみならずあらゆる手段方法によって、人間を殺すことを究極の目的としている意志。しかもその目的をほかならぬ人間を用いて遂行することのできる、恐るべき狡智と能力を持つ巨大な意志。それがこの惑星地球の上にくろぐろとおおいかぶさっていることを、教えているのではないだろうか。

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