成田市観光ガイド(宗吾霊堂)


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年配の方だったら誰もが知っている佐倉宗吾は本名を木内惣五郎といい、公津村(成田市公津)の名主総代でした。 宗吾は凶作と重税に苦しむ農民のため、承応元年(1652)、江戸に出て将軍への直訴(じきそ)を決行しましたが、直訴ご法度の罪でその場で縄を打たれてしまいました。 |
翌承応2年、4人の子どもとともに刑場の露と消えて果てました。 しかし佐倉領内389カ村の農民は宗吾の徳を忘れることなく、ひそやかながらお参りが続けられてきたといいます。 その伝統が宗吾霊堂の御待夜祭に引き継がれています。 今でも宗吾の命日の前日である9月2日には宗吾を偲んで通夜のお籠りが行われています。 明治になって廃藩置県が行われ佐倉藩に遠慮することなく、宗吾霊堂で祀られるようになりました。 宗吾霊堂本堂の裏手にある宗吾御一代記館(入場有料)では、義民宗吾の物語を人形ディオラマで展開しています。
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